2003年度(2003年4月〜2004年3月)修了・卒業ならびに学位授与

古川 敦

効率的な線路管理のための鉄道車両の動的挙動予測手法の開発

鉄道の軌道は,日々の列車走行による荷重を受け,徐々にレールの位置が変化する.この変位量を「軌道変位」と呼ぶ.軌道変位は列車の走行安全性および乗り心地に悪影響をおよぼすため,鉄道事業者は軌道変位を定期的に測定し必要により保守を行っている.軌道変位は,5項目(上下方向,左右方向,左右レールの間隔,左右レールの高低差,軌道面のねじれ)の振幅を評価指標として管理される.しかし軌道変位管理の本来の目的は,列車の安全かつ円滑な走行の実現にあることから,軌道変位上を走行する車両の挙動を直接予測し,評価するのが合理的といえる.

本研究では,制御系設計等の分野で用いられている「システム同定」の理論を応用して,軌道変位と鉄道車両の動的挙動(車体の振動加速度や,レール/車輪間の作用力)の測定データから,軌道変位を入力とする鉄道車両の動的挙動予測モデルの作成手法を開発した.この予測モデルを用いれば,時刻歴シミュレーション等の計算機負荷の大きい計算を行わなくても,保線現業区における簡易な計算によって鉄道車両の動的挙動が予測できることから,乗り心地や走行安全性の観点からの軌道変位の保守必要箇所が的確に選定可能となり,線路保守業務が効率化される.

星田 康臣

大都市圏物流がもたらす交通及び環境負荷の国際比較分析
〜東京,バンコク,そしてマニラは?〜

現代の物流手段の主役を担う貨物自動車は,一方では都市において交通混雑,路上駐車,大気汚染物質の排出など交通と環境の面で負の影響をもたらしている.特にこれらの事態の深刻な発展途上国の大都市圏では,効率的で持続可能な物流施策の構築が急務となっているものの,物流に関するデータの乏しさのためにその構築に支障をきたしている.そこで本研究では,フィリピンのマニラ都市圏を対象として,都市内物流に関するデータをインタビュー調査から収集し,得られたデータから物流による交通負荷及び環境負荷を推定した.その上で東京・バンコク・マニラという状況の異なる3都市圏間で,それらの値及び物流関連施策を比較した.その結果,@ 1 人あたりの貨物発生量が都市の発展段階の違いを如実に反映していること,Aバンコク・マニラでは古い車両の使用や排出ガス規制の甘さ等により,貨物量あたりの窒素酸化物 (NOx) の排出量が東京の倍以上となっていること,Bバンコク・マニラで行われている貨物車規制政策がかえって小型車増加による交通・環境負荷の増大を招いていること,がわかった.

小野田 惠一

流域の資産価値と内水被害を考慮した浸水被害推定手法の構築
〜総合治水対策の事後評価へ向けて〜

高度経済成長期以降頻発するようになった都市型水害の対策手法として,総合治水対策が施行され久しいが,東海水害・博多駅周辺浸水など未だ都市型水害に関する課題は少なくない.また総合治水対策では,河川整備と流域対策を組み合わせた治水施策が目指されているが,事業の最適な組み合わせや治水効果についての定量的な評価手法は不十分である.そこで,本研究では,総合治水対策特定河川である新河岸川流域を対象に,現地踏査と行政担当者へのヒアリングによって,「外水防備施設・内水排除施設 / 貯留浸透施設・流域の土地利用 / 耐水害施設」のデータを収集し,これらの施策セット下における治水パフォーマンスを定量的に評価する手法を構築した.またその結果を GIS 上で表示することで,地理的な分布も表現することが可能となった.

河野 整

道路交通パフォーマンスマネジメント手法の提案とその利用者意識共有効果の検証
〜協働型道路行政の実現へ向けて〜

わが国の幹線国道は,国土交通省と警察庁に管理が二分されており,その連携は殆どない.また,道路利用者同士も個々にニーズを持っているが,問題意識を共有できるような仕組みは存在しないため,管理者は道路利用者と接しようとせず,管理者と利用者の間に壁が存在する.従って今後は,様々な利用者や管理者が協働して総合的に議論して,即地的で合理的な道路管理を恒常的に行っていく道路パフォーマンスマネジメント手法(RPM)が必要となる.本研究では,イギリスの道路行政などを参考にしつつ,ワークショップを効果的に組み込んだ独自のスキームを提案し,国道 17 号線熊谷地区を対象地に一部を実施した.結果,ワークショップによる道路利用者間の問題意識の共有化効果が大きいことや,利用者もこの手法を望んでいることなどが確認できた.

堀籠 健

地震災害予測情報の提示方法が人々の危険意識の変容に及ぼす影響
〜地震災害マイクロシミュレータを用いて〜

近年,地震災害に備えた防災まちづくりが急務となっているが,その合意形成の困難さから進行は極めて遅い.本研究では,防災まちづくり事業に対する住民の意識変容過程を,@危険意識を持つ,A事業を理解する,B事業を評価判断する,の3段階と考え, 葛飾区四つ木一丁目 を対象に,どのような地震災害想定情報が住民の意識変容にどう影響を及ぼすかを調べた.地震災害想定情報には,街区全体のマクロな情報と各戸別のミクロな情報を用い,その反応を実際の住民にアンケートした.その結果,@地震災害想定情報の提示により住民の危険意識が活性化されて事業への理解も深まること,A事業に対する理解が深まると個々の住民が事業を公正に評価するようになること,が確認され,従来の事業採択基準を改めて最適な施策設計を行政も目指すべきであり,情報を住民に提示して住民が事業を公正に評価できるような環境を創出すべきだということが分かった.

松本 学

世帯単位の意思決定に着目した余暇活動における資源配分に関する研究

従来の交通行動分析に関する研究では,殆どの場合,個人を意思決定の単位とする個人効用の最大化に基づいた行動が仮定されてきた.ところが実際の人々の行動を観察すると,家族や友人等の2人以上の集団で行動することがしばしば見られる.そこで本研究では,世帯単位の余暇活動を資源配分モデルを用いて分析することを目的とした.ここで,世帯効用関数を構成員の効用関数の重み付き線形効用関数と仮定し,父親,母親,子供の3人からなる各世帯家族の集団意思決定を対象とした.非線形 Tobit タイプで定式化されたモデルに対して, 東京都 ならびに 富山県 の世帯アクティビティダイアリーデータを適用することで,未知パラメータの推定を行い,その特性について分析を行った.モデル推定の結果,世帯の余暇に対する意識が都市間で異なること,自家用車の運転可能性や休日の時間制約が親子での過ごし方に影響を及ぼす可能性があること等が明らかとなった.

切通 良太

国際インフラネットワークの確立に向けたコンテナ貨物流動モデルの改良

近年の激化の一途をたどる港湾間競争の中で,港の成長における格差は広がりつつある.本研究では,港湾整備の際のツールとして,港湾設備水準と地域間 OD 貨物量からコンテナフローを算出するモデルを構築するため,交通研で既開発のコンテナ貨物流動モデルを改良し,推計精度を向上させる工夫を行い,アジアの国際交通インフラストラクチャーの将来シナリオ分析ツールとして使えるように改良を行った.具体的改良点としては,@船社と荷主の行動の矛盾点の修正,A寄港先で異なる船にコンテナを積替えるトランシップの過大推計の改善,B船社側のモデルにおいて基幹航路と地域内航路のネットワークの分割,C従来 46 港であった対象港湾のアジア・環太平洋地域の計 106 港への拡大,の 4 点である.これにより従来限定的な地域のコンテナフローしか算出できなかったが,アジア・太平洋地域を中心に広範囲を扱えるようになった.

小須田 啓吾

都市鉄道整備プロジェクトを対象とした交通需要分析の改善方向性の検討
〜埼玉高速鉄道を事例として〜

近年,交通プロジェクトにおいて開業後の交通需要が当初計画を下回るケースが多数見受けられる.このことは,採算性の悪化による事業経営等に関わる重要な問題である.そこで,現実の都市鉄道整備プロジェクト(埼玉高速鉄道及び周辺路線と都心部を結ぶ鉄道網)をケーススタディとして取り上げ,多角的な観点から交通需要分析の問題点の究明を行った.鉄道経路配分交通量予測に焦点をあて,人々の交通行動原理・意思決定構造について詳細な検討を重ねた上で,様々なモデル分析を行った.さらに利用者,事業者及び自治体へのインタビュー調査を行った.分析の結果,モデル分析に使用するデータ設定,特にアクセス交通手段の設定方法やデータサンプリングによって需要予測結果に大きな影響を与えることが分かった.今後は,予測結果にかなりの幅が生じることを前提として事業計画を議論することが必要となると考えられる.

図 アクセス交通データの感度分析による埼玉高速鉄道の利用者数の変化

平松 郁巳

大都市圏における自家用車の保有と利用の構造に関する研究
〜東京圏を対象とした実証的分析〜

交通需要マネジメント(TDM)の必要性が主張され始めている現在,主要交通のひとつである自家用車の保有や車種選択行動を理解することは,TDMの効果を検討する上で重要な資料となりうる.また,自家用車というものは,単なる交通機関の選択肢の一つとしての役割だけではなく,経済的・社会的・心理的様々な要因から保有が決定されているということは以前から指摘されてきた事項である.そこで本研究では,大都市圏を対象として,社会経済的要因に加えて真理的な要因を考慮しつつ,自家用車の保有・車種選択行動を分析することを目的とし,東京 23 区内で独自のアンケート及びインタビュー調査,さらにそのデータを元にモデル化を行った.結果,人々の車種選択行動の際には人々の心理的な要因が強く影響を与える可能性が示され,各交通施策を考える上で,少なくとも 東京都 市部居住者については,車種選択におけるウェブレン効果を考慮する必要があるということが確認できた.

藤原 裕樹

複数交通機関を考慮できる多地域一般均衡モデルによる物質流動の分析

近年,交通プロジェクトの評価には,直接的効果だけでなく間接的効果を含めた便益計測を行う方法が求められている.交通プロジェクトが実施されることによって人やものの移動時間が短縮された結果,土地・財・労働力等の価格や需要が変化することも考慮して便益計測をしたいわけである.そのための手法のひとつとして多地域一般均衡モデルを用いた手法が数多く研究されてきた.本研究もその流れを汲むもので今回対象地域は日本全国とし,交通プロジェクトが与える影響を物資流動量,土地,労働力,消費財に関する各種の統計データを用いて分析する.これまでに行われた同様の研究では,交通機関の違いを考慮せず,地域区分が大きすぎ,経済理論に矛盾する等の問題があったため,これらを改善し 23 地域,産業業種 24 種類,交通機関4種類に区分し,経済理論に矛盾しないようモデルの定式化を行い,こうしてできたモデルをもとに現況再現性の分析と考察を行った.

TOP Page > recent studies > 2003